福岡地方裁判所 昭和27年(行)15号 判決
原告 溝江軍治郎
被告 福岡県知事
被告補助参加人 西山実一
一、主 文
原告の請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が飯塚市立岩千八百八十六番地所在家屋番号立岩第一七番、木造瓦葺二階建居宅一棟建坪五十六坪二合五勺外二階三十三坪(以下本件家屋と略称する)に対し、昭和二十六年十一月十九日なした差押処分及び同二十七年五月二十七日なした公売処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」若し右無効確認の請求が理由のないときは「被告が前記家屋に対し、昭和二十六年十一月十九日なした差押処分及び同二十七年五月二十七日なした公売処分は、これを取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、被告は訴外長西藤市に対する事業税の滞納処分として昭和二十六年十一月十九日本件家屋につき差押をなし、同二十七年五月二十七日これが公売をなした。しかしながら、右家屋は昭和二十年十二月三十日原告が右長西藤市より他の家屋一棟と共に代金三万円で買受けたもので、原告の所有である。尤も本件家屋は当時未登記であつた為、原告としては借家人の右家屋明渡をまつて登記をなす所存で、登記をなしていなかつたが、右家屋に対する財産税も納入し、飯塚税務署備付の課税台帳にも右家屋は原告の所有である旨記載せられていた。しかるに、福岡県飯塚財務事務所係員は右家屋差押前現地につき調査をなし、右家屋の借家人宇山某等より右家屋が原告の所有物件である旨告げられていたに拘らず、右飯塚財務事務所長は被告を代理して、違法にもこれを訴外長西藤市の所有物件と断定し、昭和二十六年十一月十九日これを差押え、その登記の嘱託をなし、登記官吏によつて同訴外人名義の所有権保存登記並に差押登記がなされたので、原告の妻溝江スヱ子は昭和二十七年五月二十五日右財務事務所徴収課長に対し、右家屋の売渡証書(甲第一号証)並に飯塚税務署長宛家屋名義人訂正願と題する書面(甲第八号証の一、二)等の書面を呈示して公売の中止を要請したところ、右課長は右証憑は公の証憑ではないから登記簿の記載を覆えすに足らずとし、金三十万円の保証を立てなければ、公売を断行する旨主張して譲らず、遂に公売処分をなすに至つた。しかしながら、前記保存登記がなされた当時本件家屋は既に原告の所有に属していたのであるから、右登記は実体上の権利を伴わない無効の登記というべく、原告は真実の所有者として被告にその所有権を登記なくして対抗し得るものである。仮に右登記が有効なものとしても、租税の滞納処分として私人の財産を差押えて公売に付する行為は国又は地方公共団体が公権力に基き財産所有者の意思如何に拘らず、一方的に処分の効果を生ぜしめるものであるから、一般私法上の不動産の取引関係と性質を異にし民法第百七十七条の適用はないというべく、原告はその所有権の取得を以て被告に対抗し得るものである。しからば被告のなした本件差押並に公売処分は滞納者でない原告の所有物件に対してなされたものであつて当然無効である。なお原告は昭和二十七年六月七日右差押処分につき被告に対し異議の申立をなしたところ、被告は同月二十三日福岡県飯塚財務事務所長井口米造名義を以て右異議申立を却下する旨の決定をなした。よつて原告は被告に対し右差押処分並に公売処分の無効の確認を求める。仮に右請求が理由がないとしても少くとも取消事由に該当するから、その取消を求める。と述べた(立証省略)。
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中被告が訴外長西藤市の滞納税金のため、本件未登記の家屋を差押え、その登記嘱託をなし、登記官吏によつて訴外長西藤市名義の保存登記及び右差押登記がなされ、その後これを公売に付したこと、原告の妻が昭和二十七年五月二十六日福岡県飯塚財務事務所徴収課長に対し売渡証のような書面を呈示して公売の中止を求めてきたが、公の証憑でなかつた為公売を断行したこと、及び原告が右差押処分につき被告に対し異議の申立をなし、被告がこれを却下する旨の決定をなしたことは認めるが、その余は否認する。被告は家屋台帳の記載によつて本件家屋を訴外長西藤市の所有であると認めたものであるが、仮に原告が訴外長西藤市より本件家屋を買受けたものであるとしても、原告は本件家屋につき所有権取得の登記を経ていないのであるから、その所有権の取得を以て差押債権者たる被告に対抗することはできない。従つて本件差押並に公売処分はいずれも適法である。と述べた(立証省略)。
被告補助参加人は昭和二十七年七月八日補助参加の申立をなし、参加の理由として、補助参加人は昭和二十七年五月二十七日本件家屋を落札し、これに対する売却決定を得、同年六月二十四日福岡法務局飯塚支局受付第三五〇九号で以て所有権取得の登記を了したもので、本件訴訟の結果につき重大な利害関係を有するものである。と述べた。
三、理 由
被告が昭和二十六年十一月十九日訴外長西藤市に対する事業税の滞納処分として本件家屋に対し差押をなし、同二十七年五月二十七日これが公売をなしたことは当事者間に争がない。証人岩本虎雄、長西藤市の各証言により成立を認められる甲第一号証、成立に争のない甲第二号証の二乃至五、証人岩本虎雄、溝江スヱ子、小林謙三、下川義美、長西藤市の各証言及び原告本人訊問の結果を綜合すると、本件家屋は原告が昭和二十年十二月三十日訴外長西藤市より他の家屋一棟と共に代金三万円で買受けたものであることを認めることができる。而して右家屋が本件差押当時まで未登記であつたこと、並に被告の前記差押登記の嘱託により訴外長西藤市名義の所有権保存登記並に差押登記がなされたことは当事者間に争がない。
よつて右差押並に公売処分の適否を審究するに、先ず公法行為である租税滞納処分に民法第百七十七条の規定の適用があるか否かにつき考えるに、租税滞納処分は国又は地方公共団体が公権力により財産所有者の意思如何に関係なく、一方的に処分の効果を生ぜしめるものであり、その点において一般私法上の不動産の取引関係とはその性質を異にし、民法第百七十七条の規定の適用がないとの議論も一応考えられないこともないが、もともと租税滞納処分は租税債権に基いて納税義務者の財産を差押え、これを公売に付し、その代金を以て弁済に充当し、強制的満足を得た点において、一般私法上の債務名義による強制執行の場合と近似し、民法第百七十七条の適用についても、これを別異に取扱わなければならない理由を首肯することができないから、同条項の適用があるものと解するのが正当である。(尤も民法第百七十七条の適用があるからといつて、納税義務者に対する滞納処分として差押えた物件が既に第三者に譲渡されていることを徴税吏員において知りながら、登記その他対抗力のないことの一事を以て第三者の所有権取得の事実を無視して、その後の手続を進めることが適当の措置なりや否やの問題は存し、この点苟くも真実の権利者を害しないよう慎重な取扱がなさるべきことが望ましいことではあるけれども、右は法律上の適否を以て論ずべき性質のものでないこと勿論ある。)
次に原告は前記保存登記がなされた当時本件家屋の所有権は原告に属していたのであるから、右登記は実体上の権利を伴わない無効の登記というべく、従つて原告は被告に対し登記なくして所有権を対抗し得べき旨主張するからこの点につき考察するに、訴外長西藤市が右家屋を原告に売却した後も、原告においてこれが移転登記若くは保存登記をなすことなく依然未登記のままであつたことは前示認定のとおりであるから、登記の欠点を主張するにつき、正当の利益を有する被告に対する関係においては、なお本件家屋は訴外長西藤市の所有に属するものというべく、従つて本件差押をなすに当りなされた訴外長西藤市名義の所有権保存登記はもとより有効なものであつて、原告は登記がない以上その所有権取得を以て差押債権者たる被告に対抗し得ないものといわなければならない。
して見れば、被告のなした本件差押並に公売処分の適法であることは明かであるから、被告に対し右差押並に公売処分の無効の確認及び予備的に右各処分の取消を求める原告の各請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 武居二郎)